泣かないで 泣かないで 大切な君
囁いても 掻き口説いても 髪を梳いても 抱き寄せても
君に届かないなら 泣きやんでくれないなら
ねえ どうすればいい?
◇ ◇ ◇
ただでさえ黒みの強い大きな眸の、その瞳孔が滲み出すんじゃないかってほど うるうると潤ませて。それでもこれでも、彼なりに頑張って。泣き出しちゃっては言いたいことが言えない伝わらないって、何度も何度も教わったから頑張って。うわぁんとまでは泣き出さず。嗚咽に引きつりかかる喉を励まし励まし、何とか口にしたのが、
「あのね、タマが帰って来ないの。」
小さいけれど大人の猫で、でもねあのね? いくら何でも、もう春の“らぶらぶ”の時期は終わってる。なのにあのね? 五月に入ってからのずっと、一度も見かけないまんまなの。家ネコじゃあないから、お外にも気ままに出掛けてる子だからそれで、お出掛けするのは当たり前でしょってお母さんはゆうんだけれど。でもでも、こんな長いこと帰って来ないなんて初めてで。ご飯のトレイも食べてる様子ずっとなくって、それってセナが見てないときに帰ってるんでもないってことでしょう?
「どうしたのかなぁ、どう、したら…いいのかなぁ。」
首輪してるから飼い猫なんだって判るはず。だから、通いネコっていうのかな? 人懐っこい野良だって思われて、お家がないならウチで飼っちゃおう…なんてことにはならない筈よって、お母さんは言ってた、けど。
「…でもさ、あのさ。」
タマはとっても可愛い子だから、首輪してるけどそれでもって、誰かに攫われたかも知れなくて。それか、首輪が取れちゃってても自分では言えないから、それで勘違いされちゃってるかも、知れ、な、くって…。
「ど…したら、い、のかな…。」
えくえくと、うくうくと。何とか頑張ってこらえてた嗚咽が、でももう限界か。喉の堰を突破して、うぇ…ひぃっくとしゃくり上げ、あとはそのまま“ふえ〜〜〜ん”っと泣き声ばかりがあふれ出す。そんなセナくんを、お人形さんのそれみたいな小さな手でしがみつかせて、
「…あ〜あ。」
突然のにわか雨のほうがまだマシだと、何だか情けないお顔をするお友達。泣いたらダメって、声が出なくなって言いたいことも言えなくなんぞって、セナへ頑として言い放ち、躾けてくれたお友達。でもねあのね、やっぱりダメだったのって、ふやぁ〜〜〜んんと手放しで泣きじゃくる小さなセナの肩、自分だってまだまだ小さな手で抱えるようにしてくれて。よしよし泣くなと、精一杯の尋を作ってくるみ込んでくれる。一丁前に襟を立てて着ているデザインシャツと、サファリ仕様なのか小物ポケットがいっぱいついてるオイルコーティングのベスト。生成りのチノパンはくるぶしまでのカットという、小粋な格好のよく映える、ちんまりしたセナとは微妙に違い、すらり細っこい肢体の男の子。
―― ごめんねごめんね、
泣いたらダメって、いっつもヒユ魔くん ゆうのにね。
セナもね、小さい子が泣いてると、何かきゅぅうんってなって自分も泣きたくなっちゃうから。悲しいことなんて全然ないのに、なのにそーいう気持ちになっちゃうのはヤダよね? ごめんね?
「…。」
ごめんねと繰り返しながら、えくうくと泣き続ける小さなお友達。確かにそう言って叱ったことがあったけど、
“俺が思ったのは、そういうんじゃねぇんだけどもな。”
貰い泣きするような柄じゃあない。むしろ“何があった? 仕返しして来てやる”と勇む方。鬱陶しいとかなら思わんでもないけれど、他でもない この子が泣くのは、さすがに堪えるらしいヨウイチくんで。だって、
“何でこうも可愛くなっちまうんだ? こいつ。”
ただでさえ黒みの強い大きな眸を潤ませながら、それでも必死に我慢してたときの見開きようの健気さといい。小さな口許が嗚咽で歪んでわななくのを何とか我慢していて、それでも震えてたの、懸命に引き結ぼうとしていた痛々しさといい。目許だって口許だって、みっともなくも引き歪んでたはずなのに、ふやぁ〜〜んんっと決壊したその様の、何ともまあまあ可哀想で…なのに、その倍も可憐で可愛らしかったのが不思議で不思議で。
“あのヤロが見たら引きつけ起こすぞ、きっと。”
何もかも おっ放り出すよな勢いで、ああ〜んと切なくも声を上げて泣きじゃくるセナくんを、実を言えば持て余しつつ…それでも、気が済むまで泣きゃあいいと付き合っておれば。
「…。」
「…あ。」
遊具はない遊歩道公園の中。通学路の傍だとはいえ、フェンス沿いのツツジとか葉っぱがかなり茂り始めているこの時期は、外からじゃあ透かし見るのは難しいはずなんだけど。ちょっぴり奥まったベンチゾーンにいた、学校帰りのおチビちゃん二人の前へ、此処でと待ち合わせの約束でもしていたかのように、的確に現れた人影があって。
「…。」
「な、なんだよ。怒ってやがんのかよっ。」
相変わらず寡黙が過ぎて、しかも精悍なお顔は恐持てと紙一重だから、そんなお顔を面と向かえば、怯むかそれとも挑発と解するか。負けず嫌いな金髪坊やは、俺が泣かしてるとでも言いたいか・こらと弾みがつきかかったものの、
「まあま、落ち着いてヨウちゃん。」
そんな彼からやや遅れて追いついた、同じトレーニングウェアを着た、こちらさんはまた随分とあか抜けたお顔の高校生が。彼らの側こそ誤解しないでと言いたいか、お仲間に代わっての釈明にとお口を開いてくださって。
「セナくん、何か困ってたんだろ?」
そやって泣いてるのは、ヨウちゃんへ相談したから。違うかい? ただでさえ長身な桜庭さんが、声を落とすためだろう、お膝を少しほど屈めてから、そんな風に こそっと囁いて来たもんだから、
「…ああ。話は今聞いたトコだけどもな。」
隠すまでもないと頷いて見せれば、
「それ。進(コイツ)には話してくれてないらしくてね。」
困ったことだよ、まったくと。表情豊かで印象的な目許を細めて苦笑したアイドルさんは、
「携帯に電話がかかって来なくなって。メールしてもお返事が来ないって。」
そうは見えないだろうけど、泣きつかんばかりに頼られたんで、原因究明したくて此処まで来ちゃったと。恐らくジョギング・トレーニングを装って、王城高校から走って来たらしい彼ららしくって。けどでもそれってと、ヨウイチくんが細い眉を片っぽだけひくりと持ち上げる。
「進は慣れてるんだろけど。」
「そ。特別トレーニングにしちゃあキツかった。」
付き合ったこっちは大変と、はぁあなんて言いつつ、かっちりした肩をすくめた桜庭さんだったけど。アイドルとはいえ、天下の王城でレギュラーの座にいる身。石に齧りついてでもと、体作りと感覚(プレイセンス)の修養には手を抜かずにいた成果が、今日のような突発的な酷使へも、ちゃんとついてゆける強靭さを養っていることを偲ばせる。そんなこんなというやりとりを、随分と目線の高さの違う二人が交わしている間では、
「…う…ひっく、ふえ…。」
「………。」
ずっと我慢していたものが一気にあふれ出しての、文字通り大泣きをしていた小さなセナくんと。片や、いつも無邪気で甘えん坊さんのセナくんだのに、何だか様子がおかしいと、気になって気になって、それで。こうして彼に逢いにと駆けつけた進さんであり。進さんがわざわざ来てくれたのは判るのに、ご挨拶もままならないくらい、強いせぐり上げが止まらなくって。それでもお顔はそちらを向いたセナくんへ、
「………。」
身長に大きく差があるのだからと、屈んで目線を合わせてやることさえ忘れ、呆然自失、ただただ立ち尽くすしかないと、そんなお顔になっている高校最強。それでも、
「進さぁん…。」
えくうく、まだ嗚咽も収まり切ってはないまま。目許だって、黒々した瞳が溺れそうになったまま。それでもお手々を伸ばして来たセナくんヘ、
「…。」
やっとのこと、片膝ついてしゃがんであげて。胸当てつきのベージュのオーバーオールに、ぶかりとくるまれた小っちゃな身、ほてほてと進ませて。数歩ほどの間合いを埋めて歩み寄る、小さな坊やを迎えてあげる。
あのねあのね、タマが帰って来ないの。
そうだったのか。
うん。…セナより好きな人ができたのかな?
そんなことはあるまい。
だって。…じゃあ、誰かに閉じ込められてるのかなぁ。
そうかも知れぬ。
じゃあ、帰って来れないの?
そんなことはない。
じゃあどうしたらいいの?
…。
「…助けてやらんでいいのか?」
「う〜ん。難しいところだねぇ。」
不安で心配で打ちひしがれてる今のセナくんには、親身になってお話を訊いてやるのが一番大事。でもね、あのね? 人には出来ることと出来ないことがある。
「それでなくとも、アメフトに関係のあることしかこなせない男だろうが。」
体力勝負なら頼れもしよう。駆けっこもマラソンも得意な清十郎さんかも知れないが。でもでも、迷子のネコ探しは到底得意そうには思えない。
泣かないでおくれ 大切な坊や。
気の利いた言いようが出来なくて、囁いても 掻き口説いてもダメ。
自分の手は堅くて大きいばかりだから、髪を梳いても 抱き寄せてもダメ。
君には届かないなら、泣きやんでくれないなら。
不器用な自分は どうすればいいのだろ。
猫のタマが戻って来なくて、心配で悲しくて。不安を抱えてたのがもうもう限界で、とうとう泣き出しちゃった小さな坊や。一番最初の、堰を切ったような勢いは少しほど収まったけれど。それでもまだまだ悲しいのは収まらないか、えくうく・えっえっと引きつけるみたいな せぐり上げは止まらないし、こちらの胸元へと伏せられたお顔を上げてもくれない。そんな小さなセナくんへ、
「………。」
気の利いた言いようも知らないし、効果ある慰めようも励ましようも判らない進さんで。こんな小さい子がどれほどのこと辛いのかと、さすがに泣きじゃくるのをこうまで間近に見るのは痛々しいと感じるけれど。なのに…ふわふかな柔らかい髪を撫でてやる手は、敵チームのランナーに掴み掛かって引きずり倒すことにしか、日頃は鍛えていないから。小さなセナくんを慰めたいのに、意のままには働いてくれないだろうし。頑丈なばかりで武骨で、ちっとも全然 優しくはないし。
「…。」
胸元へと擦り寄ってくれている小さな坊やの、赤みを増した頬にそっと触れ。え?とお顔を上げたのへ、こちらからもそろり近寄って。
―― 痛々しい頬へ、そぉっとそおっと。
触れ方も優しかったが、触れて来たものの柔らかさが、小さな坊やにはとってもびっくり。唇をというよりも、口許をという触れ方だったけれど。
―― それはやわらかくて、それは優しくて。
だったので。しゃくり上げてた声が静まり、ゆっくりと離れてったお顔、ぽかんとして見送ったセナくんで。
「あ…。////////」
どした?というように、ちょっとだけ目元を細めた進さんへ、
「ふや…。////////」
たちまち真っ赤になって、あのあの、えっと。//////// うつむきかけるセナくんのおでこ、こつんこと自分のおでこで遮って。
―― タマはきっと帰って来るから。
………はい。////////
一緒に探そう、だから泣くな。静かなお声へ、普段ならその言いようの目線も下げろと、食ってかかっただろヨウイチくんも。そんな攻勢を見越して“まあまあ”と押さえ込みにかかったろう桜庭さんも、どこか唖然として二人を見ていて。
「…あれかな。何か悪い映画とか観たとか。」
「いや〜、
きっと自分の身体の中で一番柔らかいところを考えた結果じゃあないかと。」
あんまりな評価も恐らくは、ご当人たちには届いておるまいという甘えよう。さっきまでべしょべしょ泣いてたものが、雨上がりの空みたいに打って変わって。丸ぁるいおでこをくっつけ ふにむにと甘えるまでには落ち着いたセナくんへ、ほっと胸を撫で下ろした…それぞれの保護者二人だったりしたのだけれど。小さいものや健気なものの可憐さ儚さを、概して“かわいい”と言うんだなんて簡単なこと。聞いたことはあっても実感したことはなかっただろう、今時には珍しいくらいの石部金吉、お不動さんだの仁王さんだの言われていた誰かさん。それがこうまで柔らかくなってたとはねと、微妙な感慨に打たれつつ。
さあ、それじゃあタマちゃんを探しに行こうか。
うんっ!
何処からかかる。
あ、ちょっと待て。闇雲に歩き回るより…。
こういうことは人海戦術が一番だからと、お耳のとがった小悪魔坊やが取りい出したは携帯電話で。シューティングゲームの連打か、はたまたシャープペンシルのノックよろしく、こちらさんもまだまだ小さな指にて かたたたたっと素早く打ち込んだ文章を、えいやっとメール送信してしまい。それじゃあボチボチと歩き始めて…数分ほど経っただろうか。
「お…。」
む〜〜〜んというバイブの唸りに、受信操作をした途端。スピーカ機能を開かずとも、十分大きい声が聞こえ出す。
【 くぉら、何でまた俺の携帯を窓口に設定してやがる。】
「だって探し役に指定した奴ら、一番多いのが賊学のメンバーなんだもの。」
それよか吉報は? ああ、出美琉須オイルってガソリンスタンドの裏手でそれらしいの見たってのが5件入ってる。
【それと、写真が小さくてよく見えねぇって苦情が14件だ、このやろー。】
「そいつらには、カメレオンズのHP見ろって返信しとけ。」
今日のバットくん日記に顔のアップもアップデートしてあっからと、いつの間にやらそんな“お仕事”までこなしてた、さすがネット関係は任せての、ユビキタス小僧の面目躍如というところ。ほれ、まずは出美琉須オイルだと、先頭切って駆け出す坊やに引き続き、大小でこぼこな顔触れが追随し。さっきまで大雨だった一番小さな坊やなぞ、大きなお兄さんに肩の上へと担ぎ上げられ、きゃいvvと笑い声まで上げてるくらい。坊やの大切なお友達、見つかるといいですねと。まだちょっと堅そうなアジサイの蕾たちが、ゆらゆら揺れながら応援していた、衣替えどきの昼下がりでした。
〜Fine〜 05.5.27.〜5.28.
*ウチのシリーズでは、
セナくんチの猫は“ビット”ではなく“タマ”で統一されております。
コミクスで名前が公開される前から、
ちょろちょろと登場させていたためですので、悪しからず。
*高校生Ver.ではちょこっと照れが出るお題だったので、
年の差Ver.へ逃げさせていただきましたが、
それでも何だか照れ臭かったですね。(苦笑)
ちょっと前に書いたルイヒルもので、
初心に返ってみるのも…なんてことを言うとりましたが、
進セナで初心へ返らすと、セナくんの空回りがどこまで行くか、
もはや見当がつきませんでした。(おいおい)
こっちのVer.でも、進さんが危ない人なところは変わらな…(略)
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